お筆

いろいろ細かく書いた感想を一瞬で消してしまったので、まだ書いていなかったお筆のことを先に書くことにしました。すごく印象が違ったのは権四郎・およし親子、次に松右衛門、という感じでそれについて書いて、お筆については別枠で書こうと思っていました。


最初に「松右衛門内」を観たときのお筆の印象は「ヤなやつだなあ」「不愉快な女だなあ」でした。あそこだけ観たらそう感じるのが普通じゃないでしょうか。何故なら舞台が権四郎という船頭の家〜「武家」ではなくて「主君のために我が子の命でも差し出すのが当然」という空気とは別の場所〜だからです。でも、前後を知ると観ている自分の立ち位置も変わってきてお筆の立場も理解できるんですよね。母的立場で観たら「不愉快な女」に変わりないんですけど(笑)。
お家のため主君のために生きてきたのに、若君は取り違えるし目の前で御前に死なれて父親も失うという修羅場をくぐってきた人。女である前に忠実な家臣であるお筆には耐えられない事態です。御前の仇も父の仇を討ちたい、でもその前に若君は取り戻さねばならない、どんな手段を使っても取り戻すつもりで権四郎の家を訪ねたお筆です。あそこでは「不愉快な女」と感じて正解なんだと思います。
お筆はもし、主君のため父のために命を差し出せと言われたらニッコと笑って首を差し出すような人だと思います。むしろそれこそ本懐なのに、自分が生き残ってしまった。命なんて惜しくないですよね。自分が間違っているなんて露ほども思ってないはずだから誰に何と思われても平気でしょう。柔らかい家庭の空気の中に異質なものが入ってきた感じがすればするほどお筆らしさが際立つ気がします。「いい人臭」がしたらイヤだなあ、と思っていたのでストライクでした。


思い起こせば最初に観た「松右衛門内」のお筆は簑助さんの人形。不快感が大きかったのはそれだけ簑助さんの人形がスゴかったってことなんだなぁ、と思っています。