2月公演3部「女殺油地獄」

少し前に「1部・2部・3部のつながり」云々を書いたのですが、2部と3部は「お節句」つながりでもありました。2部は重陽節句、3部は端午の節句。結構いろいろなことを考えて番組が組まれているのだなあって思いました。

  • 徳庵堤の段:以前、録画で観たのは「河内屋内の段」からでしたので、これは初めて。掛け合いの段なのでぶっつけでも平気でしょう、と思いましたが、はい、平気でした。今回たまたま3回とも下手の席〜いわば与兵衛席〜ばかりで、お吉さんが意見をしている間もしょうもない3人ばかりが目に入り「おめ〜ら、酒なんか飲んでないで人の話を聴かんかい!」と(笑)。オレンジ色の会津のお金持ち(蠟九さん)の強いこと強いこと!這這の体で逃げ出す2人、ドロを投げるしかない与兵衛の情けなさ・・・お武家さんに当たってしまうのが運が悪いと言えば悪いんですけど、ここで心を入れ直してほしかったですね。後の話で「これだけ甘やかされて育ったらこうもなるかも」って思いましたけど。お清の言葉に「そんなこと言わんやろ、フツー」と思いつつ毎回笑いました。
  • 河内屋内の段:山伏の語る、まるで小話のような「ありがたい話」を聞いて素直に笑えないのは自分が今の時代に育って差別用語に敏感になってしまっているせいかな、と思います。狂言には結構出てくるので慣れてはいますが、やはり抵抗があります。言葉自体に差別があるのではなく口にするときの人の気持ちが問題なのだとは思うのですが・・・って筋と全然関係ないですね(汗)。ここでちょっとだけ出てくる太兵衛ですが、いかにも杓子定規で生真面目な長男。性根云々の問題ではなく育てられ方だと思います。商家の長男=後継ぎですからびしばし育てられたはずです。対して与兵衛、ただでさえ次男には甘くなるのに「父親が亡くなって番頭さん(でいい?)が義父になった」ことで義父だけでなく実母まで厳しくあたれないわけです。与兵衛はおそらく甘え上手で可愛がられもしたのでしょう。どう見ても精神年齢が年齢相応に育ってません。あんな風にありありと不貞腐れた態度をとれるのはせいぜい10代までだという気がします。話が簡単でわかりやすいだけに「どうしちゃったんだ、この子は」ってそればかり気になってしまいました(苦笑)。「義父だから甘やかす」と言われる徳兵衛は気の毒ですよね、奥さんも継子も彼にしたら”主人”なんですもの。ラストの徳兵衛の姿がぐーっときます。
  • 豊島屋油店の段:殿方のご意見で「お吉にもその気があったのかも」というのをお聞きしたことがあります。でもそれって男性の感覚だと思うんですよね。人形の遣い方にもよるのでしょうが、私の感覚だと「ありえない」です。お吉の視点はどちらかというと徳兵衛夫婦に近い→与兵衛は”近所の家の子”です。与兵衛はオレ様が一番な人だし、その親切を「気がある」と思って「不義して」なんていうとんちんかんなことを言い出すのでしょう。「情」と言えば「欲情」しかない。それもお吉が欲しいわけじゃなくてただお金が欲しいだけというあさましさ。お吉は美人だけれど普通の、ちょっと世話好きの奥さんで、本気で「はああ?!何言ってんの、この子は」って思ったんじゃないでしょうかね〜。激しい感覚(価値観?)の違いが生む悲劇だと思います。ここまで育ってしまうと「頼れるのはお金だけ」みたいに身についた感覚って取れないんでしょうけど、観れば観るほど「与兵衛って可哀想な人だ」という気持ちが強くなっていきました。勘十郎さんの与兵衛は狂気というよりは与兵衛という人の幼さが強く感じられて、余計にそう思えたのかもしれません。