初めての感覚

夏から、国立劇場の視聴室にほぼ週に1回録画を観に行っている。家の都合で一日に最長2時間半しか観れないのでなかなか思うように観れないのだが、定期的に清十郎さんの舞台を拝見しているうちに不思議な感覚にとらわれるようになった。
浮くように流れるように人形を遣いながらふわりとした笑みを浮かべる清十郎さん、厳しい顔で大きく口をあけて足遣いに叱咤をとばす清十郎さん(言っている内容がわからないのが残念)、激しい動きに汗だくになって目を瞬かす清十郎さん、どれにも共通する端正な美しさ。それらを観ているうちにはっと「この人はもうこの世にいなんだ」と気付く。私の目の前にいきいきと動いているこの人がもう20年以上も前にこの世を去ったなんて信じられない。
もうこの世にいない人が、私がその存在を知る前に既に他界していた人が、紛れもなく私の中で命をもって生き始めている。こんな不思議な感覚は初めてだ。学生の頃、文楽が大好きだという友達がいた。彼女は長くハンガリーに留学していたので機会がなかったが、もし一緒に舞台を観ていたら本当に生きている師匠に会えたのになあ、と思う。会えたら会えたで程なく深い悲しみに遭うことになるわけだけど。
今、時を遡って清十郎さんの舞台を拝見してもっともっと知りたいという思いが強くなる。大阪での公演記録は観れないのだけれど、どこかに記録はないだろうか。団七も観たいよ、由良助も観たいよ。舞台を下りた清十郎さんのことも聞いてみたいよ。絶対にかなわない片思いだけど。