高橋さんのサロンで「さばき」を見てから、結われていない「髪にこもるもの」(怨念というか想いというか)について、ずっと考えていました。結われた髪は「日常」であり「平静」であり「安心」であり、乱れた髪は「心の乱れ」「不安」を呼び起こします。
能でも怨霊などはばっさりさばいた髪の鬘をつけていますし、能面にも「十寸髪」と言って面に乱れた髪が書いてあるものがあります。髪が乱れているのは「非日常」です。その「日常」から「非日常」への変化を一瞬にして髪で表現するのだ、と思いながら見ていたらぞくぞくしました。その一瞬にかけて毎日丁寧に人形の髪を結うわけですよね。ホントに「職人ワザ」、神さま級です。
「野崎村」でおみつは長い髪、若い女性にとって大事な髪を自ら切ってしまいますよね。それは「髪にこもるもの」を断ち切る、日常さえ断ち切る、そういうことなんでしょうか。


ところで、狂言の女性は美男鬘という白い布を巻いています。黒髪の鬘は使いません。それは「髪」に宿る「一瞬で変わり得る不安定なもの」を観ている者に感じさせないため、のようです。狂言は観ている人を脅かさない、一番安心して観れる芸能だと思います。


今、自分は年末の息子の結婚式のために髪を伸ばしています。正確に言うと髪の長さを揃えています。毛の量が多いのでとてもイヤで夏をこれで越すのは憂鬱だと思っていたのですが、高橋さんの櫛さばきと、梳られることで艶を増していく様を見て「どうせ伸ばすのならきれいな髪で」と思うようになりました。「つやを出すならつげの櫛」という高橋さんの言葉に触発されて、つげの櫛を買おうかな、と思っているところです。美容系全般にほとほと疎い自分にそういうことを思わせる、相当なパワーです(笑)


こんな風に、舞台や物語に関係のないことで新しい視野を得ることができるのも、サロンのおかげ。ブンラクザさんに感謝!です。