面白いですヨ>「化競丑満鐘」

先日気合入れて書いて間違って削除しちゃったので、再度書く気になれず放置しておりました。今、仕事とか嫁の務めとかが通常の状態よりも多忙になっているんです。遊ぶのをやめれば時間も作れるんですけどね(笑)←誘われるとほいほい行っちゃうタチらしい


詞章に沿って書いていきま〜す。完全に”茶々入れ”ですが、人形のレベルも高くて面白かったですよ。狸なんて首が獣なだけで哀愁たっぷり、大人の鑑賞に耐えます。筋を知らないで観たい人は読まないでくださいね!

  • まず疑問です。”赤本に画いたる豆腐小僧”がわかりません。どなたか教えてください! ←解決
  • 狸とろくろ姫の「シテお首ばかりお立越でござりまするか」「イヤイヤ胴も一緒に伴ふたわいの」「シテ又お胴はいづ方に」「サア最前から表に待たせてをいたわいの」「コレハコレハ存ぜぬ事とて、さぞお待兼でござりましょ」っていうところは抱腹絶倒、声に出して笑っちゃいました。”首を巻きこむろくろ姫”だって〜!ホントにスルスル巻き込むんですよ!
  • 狸が妻(雪女)に去り状(実際は違うんですが)を渡して奥に入るとき”襖をはたと入る跡は”っていう語りがあるんですけど、どう見ても「ふすま」じゃなくて「むしろ」なんです。故に「はたと」閉まりません。のれんみたいに上って下がります。思わず小さな声で「むしろだし、無理」と言ってしまいました。
  • 雪女さんは河童の川太郎の母親という設定です。甘える息子に添い寝するんですけど・・・添い寝なんかしてとけない?とけないの?
  • 夫のために自害する雪女・・・今の時代、DVが大問題になっていますし、こういう話を子供向けの公演に出すのってどうかな〜?ってちょっと疑問でした。対象が大人ならば”無理難題を家族のために耐えしのぶ”というのも話として受け入れられると思うんですが、子供には、どうなんでしょうね?子供だから話は聞かないで人形だけ観て楽しんでいる、っていうことはないと思うんですけど・・・雪女はその前に兄の獺にも無理なことを言われてるんですよね。まさに「女三界に家無し」です。
  • 雪女を介錯するときに狸は「南無阿弥陀仏と心で唱名」だそうです(笑)。化け狸は仏教徒だった!見越入道に仕えてたそうなので、お僧の弟子のような気分なんでしょうか。
  • 雪女の首をろくろ姫の首として鎌鼬に差し出した後の展開がすごく速いです。息をつく間もないくらい。まず、妹の首だと見てとって鎌鼬を追いかけようとする獺を怒りのあまり千人力になった川太郎がやっつけます。このやっつけ方が予想外で「ええっ!そんなんありかい?」ってなります(笑)。そしてこの獺の尻の穴から何故か三種の神器のひとつである白狐の玉が出てくるんですよ〜、まばゆく光りながら!これぞ尻小玉、だって!(爆)宝塚で観たばかりの『太王四神記』を思い出しました。
  • そこに鎌鼬が「首がとけた!これは雪女の首だ」と戻ってきます。命を落とすと妖力が消えてとけちゃうのね、きっと。そこで親子が優勢になると鎌鼬は最後っ屁をして逃げます。鼬でなければならない理由はこれかっ!
  • このあと、不意に涙がこぼれるシーンが・・・力を使い果たして頭の皿が乾いてぐったりする川太郎の頭の皿を父の狸が舐めるんですよ。最初は濡らそうとしているんですけど、舐めた方が速いって思うのかなあ、愛おしげに優しげにペロって・・・この父親の情にほろほろっと。
  • ここで出てくる(前にもちょこっと出てきますが)青鷺之進がカッコいいんですよ。飛んでくるんです。その場の空気をかっさらうくらいカッコいいです、んが、「タヌキは損気ぢゃ」とオヤジなギャグとばします・・・
  • それでめでたしめでたし、なんですが、最後の詞章のノリがとてもよくて耳に残りました。語呂あわせみたいな言葉遊びなんですけど。帰宅してから床本を見たらこう書いてありました。「火宅に残る片割れも煮らるる思ひ狸汁。嘆きは共にしるのみか、南無あみ杓子、貝杓子、すくひ給へと手を合す。親子主従四人づめ南無一片の唱名も届く真如の月の出に、道を求めて辿り行く」・・・きれいでしょう?